速読にはワーキング・メモリーが肝心
小説を読んでいる途中で登場人物の相関関係がわからなくなり、人物について触れた部分を読み返した経験はないだろうか?
これが「返り読み」と呼ばれる現象である。返り読みの大半の理由は、この章の冒頭で触れた「単語検索処理」で手間取ることにある。もう少しわかりやすく説明するために、ここで「ワーキング・メモリー」の働きを紹介しよう。
ワーキング・メモリーとは、ある行動を起こすための判断材料として、脳の前頭前野に一時的に蓄えられた「記憶プロセス」である。ワーキング・メモリーは状況に応じて、新しい情報を短期的にプールしたり、あるいは古い記憶を引っ張り出してくる。外界から取り入れた情報を取捨選択し、不要なものを消去するのも、ワーキング・メモリーの働きだ。
伝言ゲームの例で説明しよう。
伝言ゲームとは、数人のチームで、ある伝言を端から端へ伝えていく遊びである。集団で楽しめるので、幼稚園や小学校のレクリエーションとして取り上げられることの多いゲームである。おそらく、たいていの人が一度や二度は伝言ゲームに興じた経験があるだろう。耳伝えで聴いた伝言を次の人へ順番に伝えていくだけ、とゲームのルール自体はいたって単純だ。しかし、ワーキング・メモリーに関する性質を如実に表す、興味深いゲームなのである。
伝言ゲームではメモすることが許されない。自分の耳と記憶力だけが頼りである。しかし、耳打ちされた伝言を即座に理解し、そっくりそのまま正確に次の人へ伝えるということは意外にむずかしい。このときに活用するのがワーキング・メモリーである。鼓膜を通して脳内に流れ込んできた情報を整理し、心内辞書で検索する。仮に、次の伝言を伝えていくとしよう。
「ニワノニワトリトイッピキノワニガトナリノニワデニラメッコ」
伝言を聴き、次の人へ伝えるまでに、どんなプロセスがあるだろうか。
まず、あなたは伝言を聴きながら、それを脳内で意味のある文章に変換しなければならない。
「二羽のニワトリと一匹のワニが、隣の庭で晩めっこ」
このように即座に頭の中で正しく変換できればいいのだが、これがなかなか厄介だ。似たような発音の単語がいくつも出てくると、うっかり誤変換してしまいそうになる。(ニワは「二羽」かな、それとも「庭」かな?)などと迷っているうちに、たった今、はっきり聴いたばかりの文章がだんだんおぼろげな記憶になってくる。
ワーキング・メモリーの容量にはかぎりがある。一度に大量の情報を処理することはできない。あれこれ考えている間にも、情報がこぼれ落ちては消えていく。散々悩んだ末に、まわりから急かされ、慌てて「庭でニワトリとワニが晩めっこをしていた」と、ニュアンスが違う文章を次の人へ伝える羽目に陥り、ゲームに敗れる。
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