「不可能図形」に見る《目》の不思議
速読の話に入る前に、まずは人間の目の不思議について説明しておきましょう。次のイラスト群を見てください。
これらのイラストは、すべて「不可能図形」と呼ばれているものです。
「不可能図形」は、一見すると何の変哲もない形をしています。
ところが、よく見ると「おや?」と首を傾げたくなるような秘密が隠されています。
さあ、あなたは図形の矛盾がどこにあるか見つけ出せるでしょうか。一つ一つの図形をじっくりと観察しながら考えてみましょう。
まずは一番目のイラストから見てみましょう。これは英国の数学者、ロジャー・ペンローズが考えた図形で『ペンローズの三角形』と呼ばれているものです。
パッと見た印象では、木を組み合わせて作った、ごく普通の三角形です。しかし、しばらくイラストを眺めているうちに、「何か妙だ」と気づくでしょう。
三角形の辺を、順番に見ていきましょう。隣どうしの辺は一見、互いに重なっているように見えます。
ところがよく観察すると、辺と辺がねじれているのがわかります。このような『ペンローズの三角形』は、実際に作ることはできません。
二番目のイラストは、『ペンローズの階段』と呼ばれている図形です。四角い回り階段には、終わりがありません。どこまでも、永遠に上昇と下降をくり返すのです。
三番目のイラストは、『ペンローズの三またのヤス』です。図形を左側から見ると、三本の丸い棒です。ところが、右側に注目するとU字型の角材に見えてくるのが不思議です。
一見、ごく普通の図形に見えながらも、この世には存在しえない図形、それが「不可能図形」です。
続いて、次のイラストを見てみましょう。
図形の黒い部分は、どんなふうに見えますか。
恐らく、ほとんどの人が「白い十字の後ろに、黒い円が並んでいる」と答えるでしょう。それでは、こちらのイラストではどうでしょうか。
今度の図形の黒い部分は、どのように見えますか? 先ほどとは違い、黒い円には見えませんね。ダイヤに似た白い部分の後ろに、黒い四角が並んでいるように見えます。
さて、ここで気持ちを新たにして、もう一度、二つのイラストを比べてみてください。それぞれの図形の黒い部分に注意して、よく観察してみましょう。
四分の一に切り取られた円が、規則正しく並んでいます。意外にも、二つの図形の黒い部分が閉じ配列だとわかります。
私たちは図形の白い部分にまどわされて、錯覚に陥っていたのです。ちょっと注意して二つの図形を観察すれば、黒い部分の配列が同じだと気づいたはずです。
これはイタリアの心理学者カニツァが行った、鮮やかなマジックです。私たち人間の日が、見える部分を瞬間的にグループ分けしていることを、カニツァは証明してみせたのです。
こちらも、ちょっとした錯覚を起こさせるイラストです。
一見したところ、この図形は立方体に見えません。ですが、こちらのイラストでは、どうでしょうか。
今度は、図形の形がはっきりとわかります。斜めに走った三本の線が図形の一部をおおっているものの、立方体なのは明らかです。これは『ネッカーの立方体』と呼ばれるものです。二つの図形は見え方が違うだけで、同じ立方体です。もう一度、よくイラストを見比べてください。改めて眺めると、二つのイラストが同じ形だと気づくでしょう。
それでは、今度のイラストではどうでしょうか。
左のイラストは、一見立方体が順序よく三角形に並んでいるように見えます。しかし、よく見てみると、ペンローズの三角形と同じような構造になっており、このような並べかたが、現実には決してできないことがわかります。また右のイラストは、ひとつの立方体を描いたものですが、どこか変ですね?
立方体を構成する柱のそれぞれがねじれたようになっているため、手前にあるはずの柱が奥に、奥にあるはずの柱が前にきているのです。ちなみにこれは『滝』や『ものみの塔』といった版画作品でしられるM・Cエッシヤーが考案した不可能図形です。
不可能図形は、あり得ない形です。それにもかかわらず、パッと見ただけでは、構造の矛盾に気づきません。いったい、どうしてでしょうか?
こうした矛盾は、私たちの目が「視点をしぼり込む」ために起こります。
人間は目に入る情報を、ごく狭いパーツに分けています。私たちは小さなブロックに区切られたパーツを、それぞれに見ています。
一見したところ「不可能図形」がありふれた絵に思えるのは、パーツとしては何の矛盾もないからです。
ところが、実際にイラストの図形を作ろうとしても絶対にできません。一つ一つのパーツとしては正常なのですが、組み合わせがおかしいのです。
それぞれのパーツが正常なため、私たちは不可能図形の矛盾には、すぐには気づきません。
もし、私たちの目が対象を「部分的」ではなく「全体的」にとらえる性質を持っていたとしたら、不可能図形は生まれなかったかもしれません。
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