読書スピード計測


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　まだ八時過ぎだから、銀行が開いている時間ではない。
　しかし、一一〇番は二十四時間体制だから現時点でも充分に通報できる。
　が、誘拐犯人が「警察には知らせるな」と言ってきているにも拘わらず、祐司が躊躇も逡巡も見せずに通報を言い出したことに桂子は若干の引っかかりを覚えた。
　最終的に一一〇番通報を決断するとしても、実の親子なら、踏ん切るまでに多少の迷いを見せるのが普通ではないだろうか。
　もっとも、それ以上の内部事情の穿鑿は失礼な気がして、桂子は考えるのを止めた。
　由美子は祐司に、すがるような視線を送る。
「あなた。でも、舞を誘拐した犯人は、警察に通報するな、って――」
「それは身代金を目当てに誘拐事件を起こす連中の常套文句だ。言うなりに身代金を支払ったとしても舞が無事に帰される保証などどこにもないんだぞ。警察だって、そんなことは百も承知で、充分に配慮して動いてくれるさ」
　祐司は早くも携帯電話を取り出し、一一〇番通報を始めた。
　その様子を部屋の隅に正座して見守りながら、舞という消えた少女の面影を桂子は脳裏に思い返していた。
　小学校の五年生ぐらいだろうか。スタイルも抜群で、黒い瞳が澄んで大きく、実に利発そうな容貌の美少女だった。
　誰かに声を掛けられて軽率に行動を共にするようなタイプには見えない。
　そうすると、やはり犯人は夜陰に乗じて無施錠の裏玄関から館内に忍び入り、舞が夜中に風呂にでも出掛けたところを襲って当て落とすなり、麻酔薬のクロロホルムでも嗅がせて失神させ、連れ出したのだろうか。
　新井旅館自慢の浴場の一つ――あやめ風呂は菖蒲をかたどった風呂で、湯船から池の中に泳ぐ錦鯉が眺められる。
　旅先で解放感を覚えた少女が、ふっと一人で夜中に入浴してみたい気持ちを起こしたとしても不思議ではない。
　新井旅館のような超一流の老舗旅館の、警備員も巡回している館内で誘拐されるなどという事態を、いったい誰が予想するだろうか。
　あるいは、館内で襲われたのではなく、舞自身が裏玄関から桂川見物にでも出掛け、そこで誘拐犯人に出くわしたのかも知れない。

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