読書スピード計測


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猫の死んだのは実にその晩である。朝になって、手伝いに来ている女が裏の物置に薪を出しに行った時は、もう硬くなって、古いへっついの上に倒れていた。
　妻はわざわざその死にざまを見に行った。それから今までの冷淡にひきかえて急に騒ぎだした。出入の車夫を頼んで、四角な墓標を買ってきて、何か書いてやってくださいと言う。自分は表に「猫の墓」と書いて、裏に「此の下に稲妻起る宵あらん」としたためた。車夫は「このまま、埋めてもいいんですか。」ときいている。まさか火葬にもできないじゃないかと手伝いの女が冷かした。
　子供も急に猫をかわいがり出した。墓標の左右にガラスの瓶を二ついけて、萩の花をたくさん挿した。茶碗に水をくんで、墓の前に置いた。花も水も毎日取り替えられた。三日目の夕方に四つになる女の子が――自分はこの時書斎の窓から見ていた。――たった一人墓の前へ来て、しばらく白木の棒を見ていたが、やがて手に持った、おもちゃのしゃくしをおろして、猫に供えた茶碗の水をしゃくって飲んだ。それも一度ではない。萩の花の落ちこぼれた水のしたたりは、静かな夕暮の中に、幾度か愛子の小さいのどを潤した。
　猫の命日には、妻がきっと一切れの鮭と、かつぶしをかけた一杯の飯を墓の前に供える。今でも忘れた事がない。ただこのごろでは、庭まで持って出ずに、たいていは茶の間のたんすの上へ載せておくようである。

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