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かつまた、この代赭色の海を青い海に変えようとするのは、所詮徒労に終わるだけである。それよりも代緒色の海のなぎさに美しい貝を発見しよう。海もそのうちには沖のように一面に青々となるかもしれない。が、将来に憧れるよりもむしろ現在に安住しよう。ー保吉は予言者的精神に富んだ二、三の友人を尊敬しながら、しかもなお心のいちばん底には相変わらず一人こう思っている。
大森の海から帰った後、母はどこかへ行った帰りに「日本昔噺」の中にある「浦島太郎」を買ってきてくれた。こういうおとぎ話を読んでもらうことの楽しみだったのはもちろんである。が、彼はその他にももうーつ楽しみを持ち合わせていた。それはあり合わせの水絵の具に、いちいち挿絵を彩ることだった。彼はこの「浦島太郎」にも早速彩色を加えることにした。「浦島太郎」は一冊のうちに十ばかりの挿絵を含んでいる。彼はまず浦島太郎の竜宮を去るの図を彩り始めた。竜宮は緑の屋根瓦に赤い柱のある宮殿である。乙姫はー彼はちょっと考えた後、乙姫もやはり衣装だけは一面に赤い色を塗ることにした。浦島太郎は考えずともいい、漁夫の着物は濃い藍色、 腰みのは薄い黄色である。ただ細い釣りざおに、ずっと黄色をなするのは存外彼には 難しかった。ミノガメも毛だけを緑に塗るのはなかなか生易しい仕事ではない。最後に海は代緒色である。バケツのさびに似た代絡色である。ー保吉はこういう色彩の 調和に芸術家らしい満足を感じた。殊に乙姫や浦島太郎の顔へ薄赤い色を加えたのは、すこぶる生動の趣でも伝えたもののように信じていた。

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