読書スピード計測


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おもちゃ箱！彼は実際神のよつに海という世界をおもちゃにした。カニやヤドカリはまばゆい干潟を右往左往に歩いている。波は今、彼の前へひと房の海草を運んできた。あのラッパに似ているのもやはりホラ貝というのであろうか？この砂の中に隠れているのはアサリという貝に違いない。
保吉の享楽は壮大だった。けれどもこういう享楽の中にも多少の寂しさのなかったわけではない。彼は従来、海の色を青いものと信じていた。
両国の「大平」に売っている月耕や年方の錦絵をはじめ、当時流行の石版絵の海はいずれも同じように真っ青だった。殊に縁日の「からくり」の見せる黄海の海戦の光景などは黄海というのにもかかわらず、毒々しいほど青い波に白い波頭を躍らせていた。しかし目前の海の色 はーなるほど目前の海の色も沖だけは青々と煙っている。が、なぎさに近い海は少しも青い色を帯びていない。まさにぬかるみのたまり水と選ぶところのない泥色をしている。いや、ぬかるみのたまり水よりもいっそう鮮やかな代赭色をしている。彼はこの代赭色の海に予期を裏切られた寂しさを感じた。しかしまた同時に勇敢にも残酷 な現実を承認した。海を青いと考えるのは沖だけ見た大人の誤りである。これは誰でも彼のように海水浴をしさえすれぱ、異存のない真理に違いない。海は実は代緒色を している。バケツのさびに似た代絡色をしている。
三十年前の保吉の態度は三十年後の保吉にもそのまま当てはまる態度である。代赭色の海を承認するのは一刻も早いのに越したことはない。

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