大林インストラクター書評『未来医師』
フィリップ・K・ディック (著), 佐藤 龍雄 (翻訳)
288ページ
有能な医師パーソンズは、ある夜突如として24世紀の北米へ時間転移した。そこは人類の混交が進み、平均寿命は15歳、しかも他人を治療することが禁じられた社会。この悪夢的社会を変えようとする一派の活動に巻き込まれたパーソンズは、さらに幾度も時間航行に連れ出され、重要な役割を果たすことに。
【読書の所要時間】 1時間(精読で1回)
今回は書店で平積みになっていたフィリップ・K・ディックの「未来医師」を読んでみました。どうでもいいですが、私は映画「ブレードランナー」を見てから「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を読んだタイプです。
「未来医師」という題名から想像する通り、医師が未来にタイムトラベルするお話しです。いつも通り妻に見送られ病院へ出勤している途中、事故に遭い、気づくと言葉さえ通じない世界にいた主人公ジム・パーソンズ。程なく彼はその世界に強烈な違和感を覚えることになります。周りには身体的特徴の似通った色黒の若者しかいないのです。自分の肌が白いため周りの注目を集めてしまうパーソンズは、状況も呑み込めないまま身を隠すことにします。その後成り行きでけが人を救助するのですが、その行為を咎められ連行されます。パーソンズが行きついてしまった時代では医療が犯罪行為だったのです…
その時代において人々は自身が生活を謳歌することよりも、人類の永続性などより大きなものを重要視した価値観を基礎とした生活を送っています。生存するヒトの総量が一定に保たれ、その誕生が権力機構により管理された社会。つまり、誰かの死によって席が空いた時にのみヒトが誕生する社会です。生と死がつながり、ウロボロスを想起させるような思想を共有した社会において人は不完全な状態で生きながらえるより、死を選び新しい生命を誕生させた方がいいと本気で考えています。パーソンズは医者という存在を不要とした社会に何故行ってしまったのか。
こういった思想を社会全体が共有するようになるのかは疑問ですが、現在の社会でもヒトの数を管理するといったことは現在でも十分に可能なのでしょう。中国において一人っ子政策が実行されてからの40年間で3億件を超える中絶手術が行われていたというニュースが最近話題になりました。実際に資源が枯渇し、水にも困るのではないかといわれる昨今、このような思想が芽吹いてもおかしくないのでしょう。
話は小説に戻りますが、パーソンズは未来だけではなく過去にもタイムトラベルをすることになります。時間が進むだけでなく、過去に戻ることによって登場人物の行動の理由が分かるなど、タイムトラベルは人物描写を豊かにするだけでなく物語の舞台を広げます。1度読んだ後にもう一度最初から読むとより楽しめるなと感じたのもこのあたりの仕掛けが上手く作られているからでしょう。
少し先の展開が分かっていながらも読むのをやめられない1冊でした。
(大林インストラクター 2013年4月)