速読ブックレビュー・書評
夏目インストラクター書評『ギヴァー 記憶を注ぐ者』
ロイス ローリー (著), 島津 やよい (翻訳)
270ページ
緊密かつシンプルなプロット、とぎすまされた簡素な筆致、心ふるわせるストーリー展開、人間の生への深い洞察によって全世界を魅了しつづける近未来SFの傑作、待望の新訳!1994年度「ニューベリー賞」を受賞。
【読書の所要時間】 50分(精読~熟読で1回)
アメリカの児童文学作家ロイス・ローリーのニューベリー賞受賞作品である本作。
作者が少女時代を過ごした東京・渋谷での体験に着想しているという。
ローリーは次のように語っている。
「日本社会から隔絶したワシントン・ハイツは、まるで合衆国内の村の奇妙なレプリカのようでした。私はいつも両親に内緒で、自転車に乗り、快適でなじみ深くて安全なコミュニティを抜けだして街へ出かけました。丘を下り、親しみのない、ちょっと居心地の悪い、ひょっとしたら危険な渋谷の街へ入る時、胸が高鳴りました。街にあふれる活気、派手な灯り、騒音など、自分の日常とはかけはなれた感覚がとても気に入っていました」
本作の主人公ジョナスの住むコミュニティは全体主義の徹底的な管理社会。
同一化をめざし、あらゆる差異がなくされた没個性の世界。
好ましくない感情を抱くことを未然に防ぐため、それぞれの家族ユニットは“感情共有”の時間を毎日設けている。
また、生理的な欲求までもがピルによって抑制される。このような予測可能性に支配されたコミュニティにおいて、人びとは機械的な感情しか持てなくなってしまう。
しかし、ジョナスだけは人と少し違っていた。感受性が豊かな彼はモノクロの世界において、ただひとり色彩を知覚し始めていた。
コミュニティでは12歳になると、それぞれの適性に応じた職業が与えられる。
ジョナスが任命されたのは“レシーバー(記憶の器)”だった。この職業は、“ギヴァー”とよばれる長老から、これまでコミュニティで起こった出来事の記憶をすべて受け継ぐという選ばれた者しか就けないものであった。
このことが物語る真実とは、コミュニティの人びとには“人間性の記憶”がないということである。痛ましい記憶も、幸せな出来事の記憶も彼らはすべて欠いている。そのため、コミュニティの人びとには人間的な感情がない。
“愛情”を知ったジョナスに“ぼくを愛してる?”と尋ねられた両親は“そのような抽象的な言葉は意味がないものだ”としか答えられないのである。
このコミュニティにおいては、“過去”というものは共有するものではなく、精神力や忍耐力を兼ね備えた者がひとりで抱えるものなのである。
さまざまな“記憶”を受け継いだジョナスのコミュニティに対する不信感が表面化し、彼はこのコミュニティを変えるためにある決断をします。
ここに描かれる世界は異世界のようでありながらも、すごく身近に感じられます。結末が明示されないので読み手によってその解釈は様々。“過去”“現在”“未来”について考えさせられる内容で、幅広い年代の方にお勧めしたいです。
また本作の続編に、Gathering BlueとMessengerという作品があります。
いずれも未邦訳ですが、それほど英語は難しくないので気になられた方はこちらも併せて原書でどうぞ!
(夏目インストラクター 2012年12月)