速読ブックレビュー・書評
木村インストラクター書評『「大発見」の思考法 iPS細胞vs.素粒子』
「大発見」の思考法 iPS細胞vs.素粒子 (文藝春秋)
山中伸弥、益川敏英 (著)
208ページ
ノーベル賞物理学者益川氏とiPS細胞で全世界の注目を集める山中氏の知的刺激に満ちた対論。世紀の発見、その時脳内で何が起きるか?
【読書の所要時間】 1回目 50分(精読)、2回目 40分(精読)、3回目 1時間 (熟読)
今年ノーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥氏と、2008年にノーベル物理学賞を受賞した益川敏英氏。ノーベル賞受賞者の両氏による対談です。
再生医療への応用が期待される「iPS細胞」を生み出した山中氏。宇宙誕生の謎を解き明かす「CP対称性の破れ」を理論化した益川氏。なんだか難しそうな話ですね。でも、全くそんなことはありません。親しみやすい語り口で、お二人が噛み砕いて説明して下さっていますから、どうぞご安心を。
特に話題沸騰中のiPS細胞の仕組みを、簡単に理解することができますので、オススメです。それが証拠に、学生時代、理科系の科目がチンプンカンプンだったこの私が、いとも簡単に理解できたのですから。
ところでこのお二人。生命科学に理論物理学と、同じ理科系でも全く畑違いの研究者でありながら、驚くほど多くの共通点があります。中でも、山中氏も益川氏も、エリート人生を歩んできたのではないところに、強く心を惹かれました。今研究している分野を、初めから極めようと思っていたわけではないのです。色々と寄り道をしているうち、気が付いたらのめりこんでいて、それでノーベル賞を獲ってしまったのだとか。これは勇気が出ます。
本の中では、山中氏が「直線型ではなく、回旋型の人生」、益川氏が「フラフラしていて浮気性」、とそれぞれの人生を自己評価されています。人生は一本道じゃなく、回り道したって構わない。むしろ、道草食って過ごした方が、豊かで実り多い生き方ができるのだそうです。三度の飯を食うのと同じぐらい、フラフラするのが大好きで、三度の飯を食う店も、フラフラしながら探すのが大好きな私としては、共感することしきり。いちいち頷いてしまいました。
更に心強いのは、すぐには役に立たない仕事でも、巡り巡って役立つことがあるという、お二人の実体験を踏まえたメッセージです。特に益川氏の専門である理論物理学は、実用的な学問とは言えません。宇宙誕生の謎が解けたからといって、今すぐ生活が劇的に変化するわけでもないですしね。しかし、およそ実践的でなく、即効性に乏しい基礎科学であっても、百年単位の長いスパンで考えれば、人類全体に貢献できる。そんな強い信念を、お二人の言葉から感じました。
それから、お二人とも好奇心の範囲がとてつもなく広いことには、驚かされます。理科系文科系問わず、どんな話も自由自在で、一過言持っておられます。何でも来いですね。この点には感服しました。常々、私もそうありたいと心がけていますので。特に、益川氏の『ローマの休日』鑑賞法には、映画ファンの私も膝を打ちました。参考にします。さて、どんな鑑賞法でしょうね。答えは読んでのお楽しみ。
何はともあれ、専門知識がなくても、科学が楽しく学べて、おまけに皆さんの人生行路まで明るく照らしてくれることでしょう。「私は文系だから…」という人にこそ、ぜひ読んでほしいですね。もちろん、理系の方も勉強になること請け合いです。
(木村インストラクター 2012年12月)