速読ブックレビュー・書評

【読書の所要時間】　1時間（熟読で1回）

　清冽な印象を与える一冊です。
　人生指南書のような響きを持つタイトルですが、著者が人生について指南することはありません。”苦境を乗り越えるうまい方法”のような内容を期待した読者は、良い意味で裏切られます。書中で語られるテーマは人間性や希望・老い・愛など人生論的ですが、著者は高みから独善的な説教をぶつ傲慢からも、人生について目新しい思想を提供しようという衒いからも解放されています。著者の言葉はあくまで平易で、素朴です。しかし、その中に”人間の良心”に賭けようとする静かな意志を感じさせます。
　修道女であり、大学人として「人格論」を講じてもいる著書ですが、その語り口は誠実そのものです。「修道者であっても、キレそうになる日もあれば、眠れない夜もあります」の一言から始まる本文からは、浮き足立った表現は一切排されています。代わりに全編を貫いているのは、人間として当たり前に覚える感情を認めたいという温かい眼差しと、不平をかこつよりも、自己の柔和な内面へと立ち返ることを願う著者の祈りです。
　この本は、お手軽な成功論も実際的な悩み解決法も教えることはありません。その代わりに、著者の長い宗教的修養に裏打ちされた人格から紡がれる穏やかな語らいが、”人間の美徳”や”美しい心情”への郷愁を思い起こさせてくれます。
　”良心”という言葉の持つ情緒に惹かれる方、人間の成熟について見聞きし考えたい方にはおすすめしたい一冊です。

（辻インストラクター　2012年11月）